種を蒔く人

フィギュアスケートとX JAPAN。聖書の神様を信じています。

羽生選手の国民栄誉賞に思う。時代は変わったな

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羽生選手、国民栄誉賞受け取ったんですね。話しが出てから受賞まで長引いてたので、もしかしたら拒否するのかな、と少し期待したんですけど。

20代の若者にこうも早々と国民的栄誉を授けちゃうのってどうなのでしょう。これからの人生のほうが遥かに長いのに、とちょっと心配になってしまう。

と同時に素直に受け取ってしまう羽生選手にも、若者なんだから少しはお上に逆らったら?って思ってしまいました。

私が学生の頃はみんな大なり小なりつっぱってましたからね。「なめんなよ」とか、「馬鹿にしないでよ」とか。ぶりっこもいたけどスケ番もいた時代が私の青春時代でした。

そう、あの頃は社会や先生、親に反抗するのがカッコ良かった時代。NHKなんてすなわち国家権力じゃん。だから紅白なんて絶対に出ないゾ。松山千春なんてTVにさえ出なかった。

そのつっぱった姿勢がカッコ良かったんですけどね。今の若者はそこを超越しちゃってるのかな。そんなのやるだけムダだって。昭和は遠くになりにけり。

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スポーツ選手にとっては、五輪であれワールドカップであれ、メダルだけで結構だ。どこまで記録を伸ばせるか、世界の一流選手と闘って勝てるか、それが最大の問題で、そのために厳しい練習をする。その結果が歴史に残る記録になる。それだけで十分だ。
引用元:iRONNA

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私、これに同意なんですけどね。一部ファンが舛添氏を非難していましたが、おかしな事は言っていないと思います。

まぁ羽生選手自信が素直に喜んでいるようなので、ファンにしてみたら舛添大きなお世話、ということでしょう。

舛添氏は暗に安倍政権の人気取りであることをほのめかしていますが、安倍首相も自分の先祖である安倍晴明を演じてくれた羽生選手に、ご褒美の一つでもあげたかったのでしょう。

そして羽生選手もソツがないです。「身に余る光栄です」なんてコメント、ご立派です。20才ちょっとでこれです。親に聞いたのか、それともテンプレがあるのか。そもそも国民栄誉賞ってそんなに身に余る光栄ですかね。単なる社交辞令にしてもね。

まぁ価値観なんて人それぞれですけれと。

「君が代」も歌うし、国旗も大切に扱うし、インタビューの受け答えも完璧。隙がまったくないから見ていて疲れる…んですよ。

もう少し抜けたっていいし、ずっこけてもいいし、笑われたっていいのよ。なんでそこまで完璧を演じるのかな。その優等生キャラの殻を破ったらかなり楽になるんじゃないかな~。

と、羽生選手をTVで見るたびにいつもそう思ってます。平昌後引退して欲しかった。そうしたらこんなにイライラしないですむから(と勝手な言い分)。

で、最近こんな記事を見つけました。結構スルドイところをついている気がします。(ストイコ、良い顔になってますね)

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「選手にとって、日々トレーニングをする生活がノーマルになっているので、それを変える決意をするのは結構難しいことです。でも、惰性で続けてはいけないと思う。
引用元:Number Web

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羽生選手は「五輪金メダリストとしてこれから生きて行く」と言っていましたけれど、時を経ればその価値も色あせていくのですよ。特にそのスポーツがどんどん進化していった場合には。

彼は子供の頃から金メダルを取ると言っていましたから、「肩書」や「タイトル」を取って生きる人生設計を既に描いていたのかもしれません。

でもね、「肩書」や「タイトル」なんて無い方がいい場合もあるんです。人から嫉妬されずにすむからです。

彼は余りにも多くの物を持ちすぎた。実力も容姿もお金も名声も。そうすると世の大半を占める持たざる者達が嫉妬して、攻撃してくるだろう。

その時に彼が傷つかず、それらに打ち勝っていく為には、やはり金メダルなんて大したことない、国民栄誉賞なんて大したことないっていう姿勢だと思うんです。

だから金メダリストとして生きる、とか身に余る光栄、なんて言ってるのを聞くと心配になってしまうんです。

…そうなんです、私、彼のファンなんです。だからつい余計な心配をしてしまうんです。

でも、ユヅリストじゃないよ(゚∀゚)


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