フィギュアスケートとX JAPANと聖書。

凡人の私には理解できなかった羽生結弦

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羽生選手の今季初お目見えオータムクラシックでの演技を見ましたが、やっぱり彼は凄いなと改めて感じた次第です。

何が凄いのかと言うと、彼は相変わらず彼だったということです。

普通なら五輪で金メダルを取れば気が緩みそうなものです。しかし彼にはそれが全く見られません。今も昔もずっとモチベーションが高いままです。

一体どこからやってくるのでしょう、これ。どうやってキープし続けているのでしょう。

オータムクラシックなんて言っちゃえばB級クラスの大会です。でも彼はどんな大会でも手を抜かない。“シーズン初めのお試し試合”なんて全く感じさせない。

一体彼はいつ気を抜くんだろう。いや、気を抜くことがあるのか?

怪我をしたらしたでイメージトレーニングを徹底的にやり、ぶっつけ本番で五輪金メダル取っちゃう人ですからね。

もう凡人の理解の域を超えてます。

何度も言っていると思いますが、私は彼の勝ちにこだわる姿勢があまり好きではありません。勝敗よりももっと大事なものがあるはず、そのプログラムの世界を演じ切り、人に感動を与えるスケートを滑ることが勝利よりもっと大事、とずっと思っていました。

しかしこの試合を見て気持ちが変わりました。相変わらず闘争心満々の彼に、これはこれでいいんじゃないかと思えるようになりました。

だってやっぱり勝たなきゃ意味がないんです。いくら完璧にその世界を演じきり観客に感動を与えたとしても、2位では意味がないんです。歴史に名が残るのは1位の選手だから。


あなた方は知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。(第一コリント9章24節)


1位になればプログラムの評価も自動的に上がります。キム・ヨナの「007」が称されたのも彼女が良い結果を残し続けたから。でなければ単なるお下品プロと酷評されて終わっていたかもしれません。

羽生選手が勝ちにこだわるのもそのプログラムへの愛があるから。

「勝つことによってそのプログラムを芸術の域に引き上げたい」

そういうことではないだろうか、と思うに至りました。

どんな分野でも一番になることは凄いことです。勝ちは“最高の芸術”でもある。

羽生選手に教わった気がします。


ところで、相変わらずジャッジの判定がおかしいようです。

羽生選手のトゥーループ全部に回転不足が付いたようで、それをおかしいと言っているファンがあちこちにいました。

もうこの回転不足論争いい加減に終わらせて欲しいです。何年同じことをやればいいのでしょう。

回転不足を取ったらその根拠となる足元の画像添付を義務付けさせればいいと思います。エッジエラーの場合も同様です。そしてプロトコルと一緒に公表すればいいのです。

ジャッジにその根拠を提出させればいいだけのことです。

それが一生懸命頑張っている選手達への礼儀ではないでしょうか。今のやり方は選手を一方的に罰するだけです。だからやる気を失う選手が多いのです。

今はバレーボールだってバドミントンだって、判定に不服があればジャッジに異議申し立てが出来る時代です。

ISUはどうしてそういう対策を取らないのでしょう。

順位を操作したいからですかね。

ニホンジンばっかり勝ったら面白くないですもんね?

このようにジャッジが不透明だから八百長だと言われるのです。

ISUは自らがフィギュアスケートを貶めていることに早く気付いて欲しいです。

(いや気付いてて何もやらないだけか)

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*完全に回り切って降りるとこうなります


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